
続けたくなる二次会
二〇世紀のデザインは、「つくる」活動と「つかう」活動を分離して考えてきた。
デザイン教育も、企業などで実際に行われるデザインの活動も、専ら「つくる」ためのノウハウばかりを重視し、「つかう」活動についてはデザイナー一人ひとりの生い立ちや生活経験を前提するしかなかった。
しかし、情報デザインでは、デザインの対象となる情報だけを人々の活動から切り離すことはできない。
情報という目に見えない存在にかたちを与えようとするときには、人間の生きている営みを相手にしなくてはいけない。
そのためには、今までの「つくる」だけの活動に加えて、人々が日常的に行っている「つかう」活動をデザインの問題として真っ正面から捉え直す必要がある。
つまり、情報のデザイナーとは、「つくる」専門家である以上に、「つかう」現場の実態をしっかりととらえる一種のフィールドワーカー的な役目を果たしていくべきなのだろう。
闇のなかの対話再びセンスウェアという考え方に戻ることにしよう。
生きている世界をより豊かに実感できるデザインを模索していくと、視覚に偏った(つまりは「見た目」を重視せざるをえない)私たちの感覚の組み換えにもつながっていくようなデザインが求められるようになるのではないだろうか。
モノや環境があらかじめもっているさまざまな情報=アフォーダンスを、私たちは多くの場合ごく一部だけ取りだして行動に用いている。
だが、先に紹介した佐々木氏が語っていたように、この世界が無限のアフォーダンスを含んだ「可能性の海」なのだとすれば、ふだんとは違ったアフォーダンスを探しだせるようなデザインの力を施すことによって、この世界に隠されたいくつもの違った顔に出会う、経験のデザインが実現することにもなるだろう。
たとえば、ヨーロッパで一九八〇年代の終わりに始まったユニークなアートイベント「暗闇のなかでの対話」にそんなセンスウェア的なデザインを見てとることができる。
このイベントでは、来場者は自分の手先も見えないほどの真っ暗闇の部屋のなかに入り、いろいろな音を聞いたり、植物に触れたり、お酒を飲んだり、といったいろいろな非視覚的な体験をする。
しかも、その部屋のなかで体験のナビゲーターになってくれるのは視覚障害者の人々である。
視覚障害者が接している深い感覚の世界を擬似的に体験することを通じて、晴眼者がふだんどれだけ多くの世界経験の回路を閉ざして生きているか、ということに気づかされるわけだ。
このイベントは九九年に東京で、二〇〇〇年には神戸でも開かれた。
日本でのイベントを主催した金井真介氏は、あるインタビューのなかで次のように語っている。
よく、環境情報の約八〇%は視覚情報だって言われますよね。
真っ暗闇の世界に入切ることで、その八〇%がゼロになって、逆に残りの二〇%の諸感覚が一〇〇%まで引き伸ばされる。
自分の手を見ようとしても、なにも見えないような世界で、もちろんまず不安になるわけです。
でも視覚障害の方々のたのもしい声の先導によって、やがて足や耳、あるいは暗闇の向こう側に立っている他の人との距離感、そうしたものが、よりビビッドに感じられるようになってくる。
実際に暗闇を体験した人々の多くが、感覚の世界が本来もっている深い奥行きと広がりを改めて再認識したという。
「音に色がある」と感じた人も少なくない。
参加者の一人は、「人の声がこんなに頼りになったのもはじめてなら、飲む前にこんなにワインが美味しいと思ったのもはじめてです。人に手をとってもらうことも、すごく嬉しかった。これから旅をしたら、その土地で目を閉じてみる時間をもちます」と感想を寄せている。
視覚障害をもった人と晴眼者が同じ環境を共有する「暗闇のなかでの対話」の試みは、これからのデザインに実に多くの示唆を与えてくれる。
障害は一般に大きな「欠損」だととらえられがちであるし、実際に障害をもっている人は日常生活を送るうえでいろいろな困難にぶつかることも確かである。
しかし、障害を単に「欠損」として片づけるだけでは、障害者と健常者の間に横たわる大きな清は決して埋まらない。
近年、あらゆる年齢・性別・能力の人が利用可能なようにモノや空間、情報のデザインのあり方を変えていく「ユニバーサルデザイン」が注目され、次第にこの考え方を取り入れた商品や建築も増えてきている。
ユニバーサルデザインは、字義通りにとらえると「万人のための(使いやすい)デザイン」ということになるが、その出発点には、私たちの感覚や体験の世界がきわめて多様で複雑であるというアフォーダンスのような視点が前提になくてはならない。
私たちが環境からピックアップしている情報は人によって千差万別である。
だが、そこには必ず重なり合う部分がある。
その重なり合いを共有することによって、私たちは同じ環境のなかでともに生き、コミュニケーションをとることができる。
これから先、情報技術はさらに革新を続けることだろう。
だが、いくらテクノロジーが高度化して人間の社会活動が実体をもたないデジタル情報空間のなかにどんどん「移転」していったとしても、私たちの身体感覚や、身体が住み込む物理的な環境は決して消え去ることはない。
情報デザインは実体のあるモノそれ自体を対象にしたデザインではないが、その前提にある「環境と身体のかかわりあい」の問題を忘れてはならないのだ。
員に見えない関係を「かたち」にするここまで、「情報」と「デザイン」をめぐるさまざまな分野での取り組みについて見てきた。
出版物の編集やグラフィックスのデザインから情報機器とそれを使う人の間にあるインターフェイスのデザインにいたるまで、情報デザインがあつかう領域は実に幅広く、そして多彩である。
だからこそ、情報デザインの将来を考えていくためには、広く社会とのかかわりあいのなかでその可能性や課題について考えていくという視点が不可欠だ。
そこで最後の章では、これからの社会において情報デザインが果たしていく役割について、いくつかの実践を踏まえながら考察することにしたい。
簡単にいえば、情報デザインは一体何の役に立つのかデという点について考えてみようと思う。
いまからおよそ三〇年ほど前、生態学的デザインの重要性を唱えたヴィククー・パパネックは、『生きのびるためのデザイン』という著書の冒頭で、老子のこんな言葉を引用している。
「故に有の以て利を為すは、無の以て用を為せばなり」(だから、形のあるものが役に立つのは、何か形に現われていない部分がそのはたらきをなしているからである)
これは、デザインという行為の本質を非常に的確にとらえた、実にシンプルな言い回しではないだろうか。
すでに何度か繰り返しているように、デザインとは、モノや空間などの表面的な「すがた」「かたち」をあれこれと操作することでは決してない。
そうした見えるものの背後にある、見えないものをいかにとらえるのか。
そこから、デザインという行為は始まるのだ。
老子の言う「無」、つまりかたちに現われていないものとは、まさに「情報」そのものだろう。
だから、実はすべてのデザインのなかに情報のデザインがある、ということもできる。
言い換えれば、情報デザインはすべてのデザインに通じる共通のプラットフォーム(土台)でもある。
そして、情報デザインがとらえるべき「見えないもの」=情報とは、突き詰めていえば「関係性」にはかならない。
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